ウクライナ侵攻3年 ― 2025/02/24 22:11
戦争を始めるのは簡単だが、終わらせるのは難しい。
一方的な停戦、終戦では、負けた方には大きな遺恨が残り、それが年月を経て、再び爆発することだろう。
Julia GOMELSKAYA はウクライナの作曲家。
今自分にできることは、「ウクライナのことは忘れていませんよ」と伝えることぐらいだろうか。
一方的な停戦、終戦では、負けた方には大きな遺恨が残り、それが年月を経て、再び爆発することだろう。
Julia GOMELSKAYA はウクライナの作曲家。
今自分にできることは、「ウクライナのことは忘れていませんよ」と伝えることぐらいだろうか。
耳で聴く合唱音楽の歴史 その11 ― 2025/02/16 11:13
合唱音楽の歴史・第11章「ルネッサンスのフランス・シャンソン」 (16世紀) で紹介されている曲を聴いてみましょう。
Clément Janequin 作曲 Le chant des oiseaux
合唱音楽の歴史・第11章 楽譜1 鳥の歌(シャンソン)
合唱名曲ガイド110 10 鳥の歌
ChoralWikiに楽譜があります。(新しいタブでChoralWikiを開く)
Guillaume Costeley 作曲 Mignonne, allons voir si la rose
合唱音楽の歴史・第11章 楽譜2 きたれ、いとしき人よ (3vv)
合唱音楽の歴史の譜例では3声版が掲載されていますが、1567年に出版された曲集 "Dixneufieme livre de chansons" には4声版が収録されています。3声版は校訂ではなく編曲になると思います。いつ頃編曲されたかはわかりませんでした。
ChoralWikiに楽譜があります。(新しいタブでChoralWikiを開く)
Pierre Passereau 作曲 Il est bel et bon
合唱名曲ガイド110 14 主人はいい人
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Claude Le Juene 作曲 Revecy venir du printans
合唱音楽 第2章 春ふたたび来たりぬ
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Clément Janequin 作曲 Le chant des oiseaux
合唱音楽の歴史・第11章 楽譜1 鳥の歌(シャンソン)
合唱名曲ガイド110 10 鳥の歌
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Guillaume Costeley 作曲 Mignonne, allons voir si la rose
合唱音楽の歴史・第11章 楽譜2 きたれ、いとしき人よ (3vv)
合唱音楽の歴史の譜例では3声版が掲載されていますが、1567年に出版された曲集 "Dixneufieme livre de chansons" には4声版が収録されています。3声版は校訂ではなく編曲になると思います。いつ頃編曲されたかはわかりませんでした。
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Pierre Passereau 作曲 Il est bel et bon
合唱名曲ガイド110 14 主人はいい人
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Claude Le Juene 作曲 Revecy venir du printans
合唱音楽 第2章 春ふたたび来たりぬ
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間宮芳生さんがお亡くなりになられました ― 2025/01/19 16:32
作曲家の間宮芳生さんが昨年12月11日に肺炎でお亡くなりになりました。
間宮さんの曲を初めて聞いたのは、多分今から50年前、NHKのラジオだったと思います。合唱のためのコンポジション第1番から第2曲と第4曲。演奏は神戸高校合唱部で指揮は平田勝氏。おそらく第24回全日本合唱コンクールの実況録音と思われます。その後何年かして東混のLPを買って聞きました。東混の演奏を聴いた時、第4曲の最後、「ツクセバウキナノタツニモンド」の男声ソロが全然違っていて、その違いが面白いなぁと思いました。この部分はWikipedia(新しいタブでWikipediaを開く)によれば東京都小河内の鹿島踊の「三番叟」からの引用ということです。おそらく東混の演奏はこの「三番叟」に近いだろうと思いますが、だからと言ってその方が正しい、良いということにはならないと考えます。神戸高校の演奏は楽譜をみて、指揮者や団員がいろいろと健闘した結果としての演奏なのでしょう。それにこの曲は編曲ではなくてコンポジションですからね。解釈の多様性がある方が面白いと思いました。
間宮さんというと思い出されるが月刊ハミング(全音楽譜出版社刊第7巻第8号)でバイオリニストの松田洋子さんとの対談の中で話した内容です。「ある人に言わせると、音楽というジャンルは、いまは純粋培養みたいな、無菌植物みたいなものになった。昔は何かもっと、ばい菌も一緒くたにしてどーんとだされるみたいな、いろんな興味を満足させるようなものだった。たとえばスポーツ的な興味、演劇的、視覚的なおもしろさもあるし、そういう世俗的な興味がごったまぜになったものとして、たとえばオペラならオペラというものがあった。夜はそこへ行ってオペラを見て、帰ってきて、何か飲んで、騒いで寝るという、日常生活の中のひとこまとして音楽が存在していたと思う。ところがいまは、スポーツ的なものはプロスポーツにさらわれ、劇場的なものはテレビやミュージカルスにとられ、視覚的なものは映画にというふうにいろんなものが他にとられちゃって、一番つまらないところだけをクラシック音楽は背負わされているんじゃないか...」
こういった思いが合唱曲に限っても例えば鳥獣戯画とか、あるいは合唱のためのコンポジション第8番のようなシアターピースともいえる曲に反映されているのではないでしょうか?
間宮さんの代表作の一つとしては、合唱のコンポジションシリーズ(全17作)があげられると思いますが、自分の心に残っているのは、1969年に作曲された「12のインベンション~日本民謡による」の中の「知覧節」です。実際に音になったものお聞いたのはいつだったのか思い出せませんが、こんな素敵なラブソングが日本にもあったのかと思いました。ところが広く知られている知覧部の歌詞の1番は間宮さん曲も「日本の民謡 九州編」(キングレコード)も同じですが、間宮さんの2番の「チョッホイ、二人で菜畠行けば...」、3番の「雪に白鷺飛ばにゃわからぬ...」の歌詞ははキングレコード盤にはなく、別の歌詞となっています。もう一つ、おそらく地元の方の演奏のようですが、こちらも歌詞はキングレコード盤と同じようです。間宮さんの創作の歌詞ではないはずですし、民謡ですから歌詞もいくつかあるのでしょう。でも思いを寄せている男女の心の機微が色濃く出ている間宮さんの選択された歌詞は素敵ですね。
参考音源
キングレコード盤はこちら
☆ジョージの会☆はこちら
実演で聴いたのは東京混声合唱団第219回演奏会(2009年10月30日)。ゲストにヴァンクーバー室内合唱団をおむかえしての回のアンコールでした。指揮は松原千振氏で、演奏は合同での合唱でした。この時はいつも自分が文化会館の小ホールで座る席に、ホールに到着した時にはすでに荒牧亀太郎氏がお知り合いの方と座られていらしたので、その一つ前に座って聴いたことも覚えています。荒牧氏もすでにお亡くなりになられています。昨年は湯浅譲二さんもお亡くなりになられており、自分が歳をとるごとにだんだんとお名前を存じ上げている方がお亡くなりになられるのはなんとも寂しいものですね。
ご冥福をお祈りいたします。
間宮さんの曲を初めて聞いたのは、多分今から50年前、NHKのラジオだったと思います。合唱のためのコンポジション第1番から第2曲と第4曲。演奏は神戸高校合唱部で指揮は平田勝氏。おそらく第24回全日本合唱コンクールの実況録音と思われます。その後何年かして東混のLPを買って聞きました。東混の演奏を聴いた時、第4曲の最後、「ツクセバウキナノタツニモンド」の男声ソロが全然違っていて、その違いが面白いなぁと思いました。この部分はWikipedia(新しいタブでWikipediaを開く)によれば東京都小河内の鹿島踊の「三番叟」からの引用ということです。おそらく東混の演奏はこの「三番叟」に近いだろうと思いますが、だからと言ってその方が正しい、良いということにはならないと考えます。神戸高校の演奏は楽譜をみて、指揮者や団員がいろいろと健闘した結果としての演奏なのでしょう。それにこの曲は編曲ではなくてコンポジションですからね。解釈の多様性がある方が面白いと思いました。
間宮さんというと思い出されるが月刊ハミング(全音楽譜出版社刊第7巻第8号)でバイオリニストの松田洋子さんとの対談の中で話した内容です。「ある人に言わせると、音楽というジャンルは、いまは純粋培養みたいな、無菌植物みたいなものになった。昔は何かもっと、ばい菌も一緒くたにしてどーんとだされるみたいな、いろんな興味を満足させるようなものだった。たとえばスポーツ的な興味、演劇的、視覚的なおもしろさもあるし、そういう世俗的な興味がごったまぜになったものとして、たとえばオペラならオペラというものがあった。夜はそこへ行ってオペラを見て、帰ってきて、何か飲んで、騒いで寝るという、日常生活の中のひとこまとして音楽が存在していたと思う。ところがいまは、スポーツ的なものはプロスポーツにさらわれ、劇場的なものはテレビやミュージカルスにとられ、視覚的なものは映画にというふうにいろんなものが他にとられちゃって、一番つまらないところだけをクラシック音楽は背負わされているんじゃないか...」
こういった思いが合唱曲に限っても例えば鳥獣戯画とか、あるいは合唱のためのコンポジション第8番のようなシアターピースともいえる曲に反映されているのではないでしょうか?
間宮さんの代表作の一つとしては、合唱のコンポジションシリーズ(全17作)があげられると思いますが、自分の心に残っているのは、1969年に作曲された「12のインベンション~日本民謡による」の中の「知覧節」です。実際に音になったものお聞いたのはいつだったのか思い出せませんが、こんな素敵なラブソングが日本にもあったのかと思いました。ところが広く知られている知覧部の歌詞の1番は間宮さん曲も「日本の民謡 九州編」(キングレコード)も同じですが、間宮さんの2番の「チョッホイ、二人で菜畠行けば...」、3番の「雪に白鷺飛ばにゃわからぬ...」の歌詞ははキングレコード盤にはなく、別の歌詞となっています。もう一つ、おそらく地元の方の演奏のようですが、こちらも歌詞はキングレコード盤と同じようです。間宮さんの創作の歌詞ではないはずですし、民謡ですから歌詞もいくつかあるのでしょう。でも思いを寄せている男女の心の機微が色濃く出ている間宮さんの選択された歌詞は素敵ですね。
参考音源
キングレコード盤はこちら
☆ジョージの会☆はこちら
実演で聴いたのは東京混声合唱団第219回演奏会(2009年10月30日)。ゲストにヴァンクーバー室内合唱団をおむかえしての回のアンコールでした。指揮は松原千振氏で、演奏は合同での合唱でした。この時はいつも自分が文化会館の小ホールで座る席に、ホールに到着した時にはすでに荒牧亀太郎氏がお知り合いの方と座られていらしたので、その一つ前に座って聴いたことも覚えています。荒牧氏もすでにお亡くなりになられています。昨年は湯浅譲二さんもお亡くなりになられており、自分が歳をとるごとにだんだんとお名前を存じ上げている方がお亡くなりになられるのはなんとも寂しいものですね。
ご冥福をお祈りいたします。
耳で聴く合唱音楽の歴史 その10 ― 2024/11/28 22:35
合唱音楽の歴史・第10章「イタリア・マドリガーレ (16世紀・17世紀初頭)」で紹介されている曲、まだその時代の合唱音楽を聴いてみましょう。
●Jacques Arcadelt 作曲 O felici occhi miei
合唱音楽の歴史・第10章 楽譜1 おお幸いなる眼
ChoralWikiに楽譜があります。(新しいタブでChoralWikiを開く)
●Carlo Gesualdo di Venosa 作曲 Dolcissima mia vita
合唱音楽の歴史・第10章 楽譜2 いとしき君よ
ChoralWikiに楽譜があります。(新しいタブでChoralWikiを開く)
ここでちょっと脱線して、Gesualdo の音楽を愛していたと言われる八村義夫さんの、その名も Gesualdo のマドリガルと同じタイトルである「ドルチシマ・ミア・ヴィタ」を聴いてみましょう。この曲は合唱ではなく金属性打楽器ソロのための曲です。
●Giovanni Giacomo Gastoldi 作曲 Lo schernito
合唱音楽の歴史・第10章 楽譜3 あざけり(バレット)
ChoralWikiに楽譜があります。(新しいタブでChoralWikiを開く)
●Giovanni Giacomo Gastoldi 作曲 Amor Vittorioso
合唱名曲ガイド110 29 勝ち誇れる愛の神
ChoralWikiに楽譜があります。(新しいタブでChoralWikiを開く)
●Adriano Banchieri 作曲 「Festino nella sera del giovedì grasso avanti cena, Op.18」より 3.Mascherata di villanelle -- Ciascun mi dice che son tanto bella
合唱音楽の歴史・第10章 楽譜4 村娘の歌
ChoralWikiに楽譜があります。(新しいタブでChoralWikiを開く)
●Adriano Banchieri 作曲 「Festino nella sera del giovedì grasso avanti cena, Op.18」より 12.Contrapunto bestiale alla ménte
合唱名曲ガイド110 37 動物たちの即興対位法
ChoralWikiに楽譜があります。(新しいタブでChoralWikiを開く)
●Luca Marenzio 作曲 S'io parto i' moro
合唱音楽・第2章 譜例8 われ去らばわれ死す
ChoralWikiに楽譜があります。(新しいタブでChoralWikiを開く)
●Luca Marenzio 作曲 Zefiro torna
合唱名曲ガイド110 30 西風が立ち帰り
ChoralWikiに楽譜があります。(新しいタブでChoralWikiを開く)
●Giaches de Wert 作曲 Vezzosi augelli
合唱名曲ガイド110 23 愛らしい小鳥たち
ChoralWikiに楽譜があります。(新しいタブでChoralWikiを開く)
●Jacques Arcadelt 作曲 O felici occhi miei
合唱音楽の歴史・第10章 楽譜1 おお幸いなる眼
ChoralWikiに楽譜があります。(新しいタブでChoralWikiを開く)
●Carlo Gesualdo di Venosa 作曲 Dolcissima mia vita
合唱音楽の歴史・第10章 楽譜2 いとしき君よ
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ここでちょっと脱線して、Gesualdo の音楽を愛していたと言われる八村義夫さんの、その名も Gesualdo のマドリガルと同じタイトルである「ドルチシマ・ミア・ヴィタ」を聴いてみましょう。この曲は合唱ではなく金属性打楽器ソロのための曲です。
●Giovanni Giacomo Gastoldi 作曲 Lo schernito
合唱音楽の歴史・第10章 楽譜3 あざけり(バレット)
ChoralWikiに楽譜があります。(新しいタブでChoralWikiを開く)
●Giovanni Giacomo Gastoldi 作曲 Amor Vittorioso
合唱名曲ガイド110 29 勝ち誇れる愛の神
ChoralWikiに楽譜があります。(新しいタブでChoralWikiを開く)
●Adriano Banchieri 作曲 「Festino nella sera del giovedì grasso avanti cena, Op.18」より 3.Mascherata di villanelle -- Ciascun mi dice che son tanto bella
合唱音楽の歴史・第10章 楽譜4 村娘の歌
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●Adriano Banchieri 作曲 「Festino nella sera del giovedì grasso avanti cena, Op.18」より 12.Contrapunto bestiale alla ménte
合唱名曲ガイド110 37 動物たちの即興対位法
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●Luca Marenzio 作曲 S'io parto i' moro
合唱音楽・第2章 譜例8 われ去らばわれ死す
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●Luca Marenzio 作曲 Zefiro torna
合唱名曲ガイド110 30 西風が立ち帰り
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●Giaches de Wert 作曲 Vezzosi augelli
合唱名曲ガイド110 23 愛らしい小鳥たち
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田中信昭さんがお亡くなりになられました ― 2024/09/23 09:34
8/31の東京芸術劇場コンサートホールで開催された演奏会でお元気に指揮されたと思ったら、月が明けた12日にお亡くなりになったそうです。9/5に自宅で転倒し入院。退院したのち、9/12にご自宅で亡くなられたとのこと。そういえば林光さんも転倒がもとでお亡くなりになられたんではなかったかな。
田中信昭さんのお仕事はもちろん多くの方が言及されるでしょうから、ここではいつものように個人的な思いを。
田中信昭さんに対して何より有難かったと自分が思うのは、東京混声合唱団を創設したこと、そして日本の合唱曲をたくさん創ってもらったことです。東混創立時に掲げた目標は下記のとおりです。(東京混声合唱団のホームページより転載)
「楽しい雰囲気の演奏会を行う」はさておいて、「職業合唱団として成立させる」ということは今も変わらない難題でしょう。創立当時はもちろんのこと、今だって経済的に余裕があるとは決して思えません。そのうえ近年はコロナという追い打ちも。経済的な苦労は察するにあまりあります。そんな経済状況がずっと厳しい中、田中信昭さん(それと岩城宏之さんなど)がプロモートして、作曲家に多くの合唱曲創作を委嘱しました。出来上がった作品は本当に宝物と思うのです。そういう思いもあり微力ながら1981年に委嘱支持会に入会しました。
その委嘱作品の中から私が好きな1曲をお聴きください。
追分節考 曲:柴田南雄/合唱:東京混声合唱団
この演奏の指揮は田中信昭さんではなく、指揮者を置かない形になっています。
最初この曲を「合唱音楽の領域」のLPで来たときは良さがまったくわかりませんでした。その後定期演奏会に通うようになり、おそらく第104回定期で初めて生演奏を聴いたと思います。、そこでその場(ホール)にいることの気持ちよさを実感しました。感動というよりは快感といってもいいものでした。
この曲にかかわって覚えていることがあります。実演に触れたことがある方はお分かりになるかと思いますが、指揮者は指揮棒を使わず、文字を書いたうちわで各グループの演奏の入りを指示しています。1987年の文化庁派遣アメリカ演奏旅行の報告会のような定期演奏会で、田中信昭さんがおっしゃったことば(英語のダジャレ?!)。
Fan is more Fun. (ファン ニズ モア ファン)
日本語で言えば、「うちわは(指揮棒より)ずっと面白い」ということだと思うのですが、このフレーズをアメリカの演奏会でも言って笑いをとったのでしょう。この言葉が忘れられません。
長期にわたる幅広いご活躍、本当にお疲れさまでした。
ありがとうございました。
田中信昭さんのお仕事はもちろん多くの方が言及されるでしょうから、ここではいつものように個人的な思いを。
田中信昭さんに対して何より有難かったと自分が思うのは、東京混声合唱団を創設したこと、そして日本の合唱曲をたくさん創ってもらったことです。東混創立時に掲げた目標は下記のとおりです。(東京混声合唱団のホームページより転載)
- 楽しい雰囲気の演奏会を行う。
- 職業合唱団として成立させる。
- 日本の合唱曲を創る。
「楽しい雰囲気の演奏会を行う」はさておいて、「職業合唱団として成立させる」ということは今も変わらない難題でしょう。創立当時はもちろんのこと、今だって経済的に余裕があるとは決して思えません。そのうえ近年はコロナという追い打ちも。経済的な苦労は察するにあまりあります。そんな経済状況がずっと厳しい中、田中信昭さん(それと岩城宏之さんなど)がプロモートして、作曲家に多くの合唱曲創作を委嘱しました。出来上がった作品は本当に宝物と思うのです。そういう思いもあり微力ながら1981年に委嘱支持会に入会しました。
その委嘱作品の中から私が好きな1曲をお聴きください。
追分節考 曲:柴田南雄/合唱:東京混声合唱団
この演奏の指揮は田中信昭さんではなく、指揮者を置かない形になっています。
最初この曲を「合唱音楽の領域」のLPで来たときは良さがまったくわかりませんでした。その後定期演奏会に通うようになり、おそらく第104回定期で初めて生演奏を聴いたと思います。、そこでその場(ホール)にいることの気持ちよさを実感しました。感動というよりは快感といってもいいものでした。
この曲にかかわって覚えていることがあります。実演に触れたことがある方はお分かりになるかと思いますが、指揮者は指揮棒を使わず、文字を書いたうちわで各グループの演奏の入りを指示しています。1987年の文化庁派遣アメリカ演奏旅行の報告会のような定期演奏会で、田中信昭さんがおっしゃったことば(英語のダジャレ?!)。
Fan is more Fun. (ファン ニズ モア ファン)
日本語で言えば、「うちわは(指揮棒より)ずっと面白い」ということだと思うのですが、このフレーズをアメリカの演奏会でも言って笑いをとったのでしょう。この言葉が忘れられません。
長期にわたる幅広いご活躍、本当にお疲れさまでした。
ありがとうございました。
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